理学療法士の日記 私のAtoZ

理学療法だけでない理学療法士の日記を届けます

患者に様を付けてはいけない理由

医療はサービス業だという人がいる。

しかし、サービスは受給者が主体だが、

医療は提供者が専門家であるため確実に患者よりもよりよい選択をできるはずだ。

しかし、患者が医療サイドの間違いを糾弾し批判し、気に食わない医療を受けず、

年々治らない患者を増やしている失策がある所を認めて欲しい。

 今回の記事のきっかけ

 今回この記事を書いたのは以下の本を読んだためです。

 

「患者様」が医療を壊す (新潮選書)

「患者様」が医療を壊す (新潮選書)

 

 

私自身きちんとしたリハビリ・理学療法を提供したいのに、

長くから開業しているクリニックだと、どうしても、

リハビリ=マッサージの偏見を持たれ、こちらが主体的になれず、

治らない患者がいて、このまま患者の言いなりのリハビリや治療をする今のシステムを続けるのはおかしいと思っていました。

そのためこの本が目に止まったのかもしれません。

感想

全体的に作者は対立を何とかしたいのだという印象がありました。

そのため対立に関する記述が1~3章に掛けて記述されていました。

この本で良かったところはこの本に書いてある、医師と患者は対等でない理由や役割を作るメリットをしっかり書いてあることです。

そのため、読んで参考になる所が大いにありあました。

ただ、患者側の方が読むのは難解でかつ心の内がもどかしくなりそうな文章だと思いました。そして2~3章は医療業界に見られる対立構造や医療は何を目指すべきか書いていて私達医療従事者が読むと為になりますが、患者さんに必要な情報だろうかと思えました。

そのため要点を私のブログでまとめてみて記述します。

医療従事者、または全部読みたい人はいい本なので是非読んで欲しいです。

今の患者側にある方に伝えたい事と知って欲しい事

まず作者は前提として医師(医療提供者側)と患者は決して対等でないという前提で記述されています。その例が以下の文章です。

もしあなたが患者さんだったら「ああ、私の主治医の先生は私なんかよりずっと偉大な人なんだ。この人についていけばだいじょうぶなんだ」と強く信じることをお勧めします 

 しかし、私達理学療法士の場合、正直言って社会的位置は医師より遥かに低いため妄信されるよりも信用できる雰囲気や治療内容があって信頼して頂き最終的に患者さんがよい治療や結果を得られると思います。

ただ、私もこの後に供述された医者と患者は平等でないですし、

患者と理学療法士は人としては対等でも、

治療を行う側、受ける側の関係があるので、間違いを糾弾される覚えもなければ、

めちゃくちゃな民間療法の元の知識を使った意見やマッサージの強さや方法に指図されるのは違うと思います。

患者と経営者は神ではありません。人間です。だから間違えます。

そのため間違いを認め、修正が必要なら意見や提案をして、正しい方向へ導く必要があります。

そして理学療法士や医師も間違いを起こしますが、私たちは患者側ではできない・やらない科学的根拠を元に治療を行い科学を元にした反省や仮説を立てるため、失敗を大声で糾弾や誹謗中傷を受ける覚えはありません。

あの先生は治せる、尊敬できる、信頼できると思わせる努力はしている人はしています。

間違えたときは事実となぜこのように起きたかどのように対処・対応するかという責任をとるのでこの時の責任取り方が不適切でない限り、結果だけを見てこいつはダメだと患者側が正直思うことではないです。

本当に治りたい人やいいリハビリを受けたい患者さんは敬意を持ってこの人は治してくれると思えなくなるまでついてきて欲しいです。

 ピグマリオン効果や心理学からも自分を見てくれる先生が素晴らしいと期待して頂けると私達もそうあろうと誠意を持って対応できます。

人物評価は必要な場面はありますが、それが治療を妨げる色眼鏡になるのは危険だと思います。

例)若いから大したことないだろう、どうせこの先生も治せないだろう など

 

勘違いしてほしくないのは作者の言うように

医者に敬意を持って接するのは医者の気分をよくすることが一意的な目的ではありません。結局は、そういう振る舞いをすることこそが、患者さんが得をするやり方だからなのです。

とあります。私の場合なぜ敬意を持てるか背景や理論が必要ですが、

ただリハビリをしてもらえるから敬意を素直に持てる方は治療の質も上がることは間違いないです。 

 

私達理学療法士が封建的な医師のようにならないために

私の偏見ですが実習の悪質な実習生いじめや閉鎖的な空間を作り患者の言うことを聞くふりをした傲慢な理学療法士が多い印象もあります。

そのため、若い人たちは以下の項目を読んで、より良いリハビリを考え与えられる人間になって欲しいです。

1.常に私はこれで正しいのか?と振り返る

:私は常に正しいと思いますしそれを信じています。作者は私の様な人間が偉そうになってふんぞり返ると偏見を持ってますが、私の場合、人と関わると絶対がなくなるから今の行動が正しかったかよく振り返ります。それは治療、話し方、態度等々です。

ふんぞり返る人はこれをしないです。偉そうな人間の心理は知りたくもないですが、

少なくとも、なぜこうするかと言うと、私の奥底にあるのは偽りのない真理や真実を追求したいからだと思います。自分が間違ってると思う恐怖に耐えれない人は、自分が正しいか検証できないから偉そうにふんぞり返り脅し怒鳴って間違いを遠ざけているのだと思います。

2.マニュアル通りにしない、自分の身体性・感受性を優先する

:私たちは医療を行うのであって患者さんが何でも思った通りの環境を作る事や言ったことを何でも従う職務じゃないです。そして不快にさせないためにマニュアルを作ってサービスを行うのは行き過ぎた過剰サービスかなと思います。

何が言いたいか、それは自分の身体が感じる距離感や違和感や一致感をしっかり感じ取り、感受性を元に言葉や話し方から相手が求めを感じ取り各個人が判断し、そこは自信をもって治療をすれば、本質からずれた医療を提供しないのではないかと思えました。

3.正直と嘘を混同せず、言葉を上手く使う

:作者は極端な例で本当のことをいうと三日ももたないと記載されてますが、

極端すぎて嘘ついてもいい所にも反論したくなる例でした。

様は言葉と場のコントロールを上手くする必要があるんです。

その時に嘘が必要なら裏切りに繋がらない嘘を、求められる範囲での事実を伝えることが大事だと思えます。これは2.にある身体性や感受性を磨かないと上達しないので、すごく難しい所です。ただ、同じ事を何度も繰り返して劣化してる人もいるため時間と数があればいい問題でもないです。

4.真意をくみ取る

:痛いや辛いと聞いてそこだけを治療する人間が多いですが、専門家としてのプライドがないのか非常に疑問に日々思っています。

患者さんの主訴にはまず背景があります。そしてどのようなことをして欲しいかくみ取る必要があります。もし聞き取れたら、そうなる原因や要因がわかりますから、

主訴以外にもそれを引き起こす根本側の問題にもアプローチができます。

5.共感や同情は安易にしない

:作者は共感をしないことを進めていますが、私は同情もお勧めしません。

結局どちらもわかったふりをして理解までに至らないからです。

時間をかけて理解や知識が深まってからでも同情や共感しても遅くはないと思います。

安易に共感して話しや理解を止めて治療の質を下げるのは違うかなと思いました。

間違っても腰痛なんてみんな一緒だと不遜なわかったふりをした理学療法士になったりリハビリを受けては欲しくないですね。

 

まとめ

結論としては様を付けてはいけない理由は、

患者さんを様と言うような上の存在に置くと、

良い治療を提供できず、患者さんの治りも悪くなるからです。

できるのは患者さんが受けたがっている治療、知ってる薄っぺらい知識で間違った常識の治療をさせられるだけです。

速く走る馬を求める人が車を開発できないように。

私たちは患者さんが思いつかない発見できない物を提供できる存在であり続くたい。

 

以下備忘録ですのでよければご覧ください

(noteに移行記述する可能性があります)

 

良い発見・情報

  • 医師が間違えている、もっと重い病気かもしれないなどの観念が体調をもっと悪くする要因にもなる
  • 患者は説得ではなく質問の方が良い医療を受けられる
  • 賢い患者でいる必要はない。このコンセプトは勝ち組になれという意味
  • 医者はあなたのことばかり考えてはいない

 

疑問点

1.師匠を妄信してよいのか

私の結論として私はこの選択を間違いなくしないです。人は間違えます。けれども反省はしない。私の中で人を支配する人間、つまり上司、先輩、親、教師はそのような人間ばかりめぐり合ってしまいます。だから私はそのような人間になりたくないため、技術や能力を信用しても、事実を元に評価を下すことは辞めないと思います。

また萎縮するから悪い指導をするなの反論に萎縮するから~やめないよねは間違ってると書いてますが、そもそもなぜ萎縮するのかをはっきりさせないと、

パワハラ、いじめは確実に無くならないです。

今の理学療法士にそんな人間性のある人間はいませんし、そんな余裕はないです。

だから萎縮させる指導はさせない、向いてないことはさせないと世の中がそういう方向に動いているのかなと思いました。

注:私は典型的な能力主義の人間です。だから年功序列は大反対で年寄=偉いと思えない人間です。作者は私みたいな人間が幼稚で未熟だと批判しています。

 

2.結局心の底から妄信するから封建主義に戻るのではないか

作者は主治医をファンタジックに信じるようにと説いてます。それをリアリストの冷めた言葉で夢をぶち壊さずお医者さんごっこに浸かるように言われてます。

(お医者さんごっこ=医師と患者がその場で望ましい役をすること)

しかし、誰も批判しない、自分の言ったことが全て正しくなるのがこの封建主義に生まれてできた医師のイメージだと思います。だから、妄信するのはある意味医師の暴走を助長する危険な行為だとも感じ取れました。

 

3.セカンドオピニオンがいらないのはありえない

そもそも各医者が得意分野不得意分野あるように、真面目な医師、適当に薬だけを処方する医師がいる。そして相性もある。

自分の受ける治療が良くない、きちんとした治療方針を立てない医師が多いからこのセカンドオピニオンシステムが生まれたのではないかと私は考える。

確かにドクターショッピング、意見を聞くためのセカンドオピニオンは不要だが、お医者さんごっこをすれば患者はよいと当てはめるのは今の世の中の患者の数と増え方をきちんと見ているのか疑問に思えた。

私自身担当制の時にあの先生嫌だから変えてと苦い経験があり、多くの患者がお医者さんごっこのように患者役をやっていればこのような辛い経験はないが、

本当に良い治療や体験を受けたいのならセカンドオピニオンも必ず必要だろう。

あと医療と結婚を例えでも同じにするのは辞めて頂きたい。

あれは赤の他人がずっと繋がる関係であり、医療は提供者と受給者の関係に過ぎないから、絶対的無条件は確実に受給者に不利になりビジネスとしてなりたたない。