理学療法士の日記 私のAtoZ

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美について

今回は別垢でTwitterでふとした話題のきっかけで美について話すもTwitterでは文字数制限、表現力の制限から読みにくく思えたため、改良ないし追加文を記載し投稿しました。

(別垢では話し言葉ではなく書籍の様な書き方です)

 私の美の定義

美について定義をするにはまず美とは何か問う必要がある。

美についてだが、この感覚の前提として主観でしか表せないことが第1の特徴である。
主観とはあくまで個人の感覚になるため非常に個体差や捉え方の違いが生まれやすい。
そのため同じ物質をみても、
価値観や信念、感覚器官の状態、心理状態に大きく左右される。
そのため曖昧になりやすく、移り変わりやすい感情だということを認識することが前提にある。

つまり美を定義する前にこの評価の前提として個人の判断に委ねるものとする。

ここでは個人的に美を定義すると

美=本人が美しく感じたもの

と認識して以降の記事を読んで頂くとありがたい。

男女別美の捉え方

次に述べるのは男女の美の捉え方の違いである。
当然だが脳の構造、ホルモン分泌の量や質の差異で考えてる事感じてる事、性格気質は変わってくる。
そのため全ての男女が同じ者をみても、その捉え方が違うため
美しい、綺麗など、全く違う視点からみて述べてることがある。
では具体的にどう違うのか。
まず男性の感じる女性をつまり美とは、整った顔立ち、スタイル、服装、主に視覚に訴えるものではないかと考えられる。
全体的に言えることは、男性は女性よりも女性に対する美の基準が甘いと言える。

 

美しい人と醜い人との差別

美に劣っている者は損をするのは間違いない。
これは幾多の論文から明らかになったが美人は確実に得をする。
学校では美人は人気者になり、社会では面接や営業で有利になる等ある。
つまり明らかに美に劣る醜い女性は、

社会では生きていけない恐怖を植え付けられている可能性が非常に高い。
そのため女性陣でも偏見が入るが男より美に厳しく男が清浄範囲の女を醜いという。
美に対する恐怖と美の要求が社会的に高く求められていることである。
このことから何が刺されているか。つまり、美少女の敷居を女性の中では非常に高く置かれている。そしてブスの敷居はこの上なく低いことも考慮できる。
美少女ではない=ブス
そして美少女は芸能人や俳優、ごく一部の人間と思わされ、
そのコンプレックスから欠点がある女性をブスと言う。
そして、言われてなくても見る側は醜い女性のイメージを植え付けられるため、イジメなど受けてなくてもたとえ男性が評価してもブスと言う。

身体醜形障害について

美について大きく関係している障害がこの

『身体醜形障害』と考えられる。

なぜこの障害が生まれたかと言うと、

醜い事が社会的に不利だからであろう。

 

最後に

最初の項目で述べたように美は主観である 。
自分が何を美しいと感じ、醜いと感じるか。

ただ醜さに囚われているうちは確実に幸せにはなれない。